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まず、労働基準法75条から88条には、業種を問わず、使用者が無過失であっても、使用者が、業務災害の災害補償をしなければならないという趣旨の規定があります。
そして、同法87条1項に「厚生労働省令で定める事業(建設の事業)が数次の請負によって行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす。」とあります。
数次の請負で行われる建設の事業の業務災害の補償について、労働基準法87条は「請負人を使用者とみなす」のです。
「みなす」のですから、何の手続きもなく、数次の請負で行われる建設の事業における労働基準法上の災害補償責任は、何の手続きもなく当然に元請負人が負うこととなります。

労災保険は、事業主が負わなければならないこの労働基準法上の災害補償責任を、政府が運営する保険で担保するものです。
このため、労働基準法87条1項に該当する場合は、労災保険における事業主も、法律上当然に元請負人のみになります。
徴収法における保険関係の成立と保険料の申告納付は、建設の事業の場合、労災保険に係る労働保険関係に基づきますから、労災保険における事業主が法律上当然に元請負人ならば、徴収法における事業主も、法律上当然に元請負人です。
労災保険において事業主にならない者に、その労働保険料を払わせるわけにはいきませんからね。
お尋ねの部分はこういう関係にあります。



つまり、この部分は、徴収法の規定があるから請負事業が一括されるのではありません。
労働基準法87条1項の規定がある以上、当然に元請負人のみが事業主となるべき労働保険関係を、徴収法が「請負事業の一括」として、明確にしているだけです。

この点で、「請負事業の一括」は、「継続事業の一括」や「有期事業の一括」とは性格が異なります。
一括された事業においてのみ労働保険関係が成立し、保険料を申告納付するという、規定がもたらす実務上の効果という点では、この3つの一括は同じです。
しかし、規定の目的は違います。
「継続事業の一括」と「有期事業の一括」は、事業主と行政双方の事務処理負担の軽減を目的としています。
これに対し、「請負事業の一括」の目的は、労働基準法87条の規定がある以上、法律上当然にそうあるべきことを規定により明確にし、かつ、その例外を規定化することにあります。

この請負事業の一括は、法律上当然に起きる現象を指していますから、書類も手続きも、実際の動きは何もありません。
一括による保険関係は、数次の請負で行われる建設の事業が始まった瞬間に成立してしまいます。
そして、下請負人を分離しないなら、その後、元請負人だけが保険関係成立届を出し、元請負人だけが概算保険料の申告納付をする、というだけのことです。



しかし、先に挙げた労働基準法87条は、その2項で「前項の場合、元請負人が書面による契約で下請負人に補償を引き受けさせた場合においては、その下請負人もまた使用者とする。」とあります。
つまり、労働基準法87条2項では、契約で、元請負人だけではなく、下請負人も使用者として業務災害の災害補償責任を負わせることができます。

これについて、事業規模による制限と認可を要件とし、かつ徴収法上の事業主を下請負人のみとして、下請負人の事業の分離を認めたのが、徴収法8条2項です。
つまり、徴収法8条の1項と2項は、それぞれが労働基準法87条の1項と2項により起きるできごとを、徴収法側から規定にしたものです。
請負事業の一括は、労働基準法87条1項がある以上当然なのですから、徴収法8条の意義は、1項よりもむしろその2項が、規模要件と認可要件を課して請負事業の分離手続きを明確にし、かつ分離した部分の徴収法上の事業主を下請負人のみとして、労働基準法87条2項による例外を、実務化していることにあるのかもしれません。
規模の要件を満たし、下請負人を分離する場合は、事業成立後10日以内に、元請負人と下請負人が共同で「下請負人を事業主とする認可申請書」を提出し、認可を受けます。
そして、建設工事のそれぞれの受け持ちに合わせ、元請負人と下請負人がそれぞれ保険関係成立届を出し、概算保険料の申告納付をします。



現実には、元請負人と下請負人が、その建設工事の請負契約を交わす時に、「おたくに任すこの工事、大きいし、場所も独立して人の行き来もあまりないですね。その分の代金は支払いますからおたくが管理してください。労働保険関係も分離しましょう。」「そうですね。」みたいな話になって、工事が始まってから書類を出す、という動きになります。

この場合でも、数次の請負による建設工事が始まった「その瞬間」に、「請負事業の一括」により、「元請負人のみを事業主として」労働保険関係が成立します。
これは、書類も手続きも関係なく、数次の請負で行われる建設の事業が始まったその瞬間に、法律上当然に「起きてしまう」ことですから、どうすることもできませんし、誰も意識しません。

「法律上当然に」ということは、書類や手続の有無に関係なく、一定の条件が揃えば法律上そうなってしまう、と、いうことです。

そして、元請負人と下請負人が共同で「下請負人を事業主とする認可申請書」を提出し、認可がおりれば、その数次の請負で行われる建設の事業の労働保険関係は、「その書類による保険関係成立日から」元請負人を事業主とする部分と、下請負人を事業主とする部分に、「分かれて成立していたことになり」ます。

つまり、この書類の意味は「この工事は、元請負人だけが事業主に見えてますが、実は、元請人が責任を持つ部分と、下請人が責任を持つ部分の部分の、2つの工事ですから、それを行政が認めてください」という意味の書類であり、認可されなければ法律上の効果はありませんが、認可されたら、「その書類における保険関係成立日からそうであったこと」になるのです。



上記でお分かりでしょうが、「そもそも事業規模要件を満たした下請負人が事業開始当初より元請負人として保険関係の申請をする事は出来るのでしょうか。」という質問の答えは、「それは単に、間違った手続に過ぎません」です。

手続きはできてしまうので「できない」という表現にはなりません。また、「申請」ではありません。保険関係成立「届」です。
届を受け付ける行政は、保険関係成立届からは元請人から分離した事業であるかどうかの判断ができないため、書類に不備がなければ、通常の保険関係成立届として受理します。
事故があった場合などで調査されない限り、そのまま工事は完了し、確定保険料の納付までいくでしょうし、それで罰せられることもおそらくありませんが、正しい手続きをしたことにはなりません。

建設工事の開始のはるか前から、下請人の分離が決まっていて、保険関係成立時から事実として分離していたとしても、分離が徴収法上の法的効果を持つのは、認可申請が受理されて認可されてからです。
認可されるまでは、徴収法上は当然のこととして元請負人のみが事業主ですから、上記の手続きは、受理され、概算・確定保険料の申告納付まで済んだとしても、それは徴収法上事業主ではないものが行った手続きであり、間違った手続きであるとしか言いようがありません。



私はこの手続きを実際にしたことが無いので確言できませんが、この認可申請書をみると、元請負人の労働保険番号は書くことになっていますが、認可適用後の労働保険番号(下請負人の労働保険番号)は空欄で出すことになっています。
他の手続きの流れから考えて、この認可申請の手続きの流れは、元請負人の保険関係成立届の提出と同時か、または提出後、「下請負人を事業主とする認可申請書」に、下請負人の保険関係成立届を添えて提出し、認可されたら下請負人に新たな労働保険番号が附番され、それが認可申請用紙に記入され、元請負人と下請負人にその控えが渡され、かつ、下請負人に(元請負人の保険関係成立届の提出が認可申請と同時の場合は元請負人にも)保険関係成立届の控えが渡される、という流れになるように思います。

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poo_zzzzz 2020-04-28 18:27:17

返信ありがとう御座います。

条文の理解範囲が狭く近視眼的に読んでいた事を痛感しました。
労働基準法・労災保険法とのつながりを教えて頂き、腑に落ちました。

現場の実務における例示も非常にわかりやすかったです。

有難う御座いました。

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kikushu  2020-04-28 21:36:21

労働基準法69条から74条の技能者の養成と、75条から88条の災害補償は、受験対策として昔から重要視されていません。
特に、75条から88条の災害補償は、載っていないテキストがあるのではないかと思います。
出題実績がありませんからね・・・

ただ、労災保険法の規定の多くは、労働基準法75条から88条の規定をベースにしています。
療養補償、休業補償、障害補償、遺族補償、葬祭料、打切補償が、それぞれ労働基準法に規定されています。
そして、数次の請負による建設の事業について、元請負人が使用者となることも労働基準法87条で定められており、実際の建設業での労災保険給付も、基本的にこの規定に対応する形で行われます。

労災保険法のテキストにも多少は触れてあると思いますが、上記のことから、労災保険を一通り学習した後、この労働基準法の災害補償規定を読む(テキストではなく条文で、別表を含めて読むことをお勧めします)と、労災保険の規定の意味の理解が進みます。

理解が進む典型的な部分が、前払一時金と差額一時金です。

例えば遺族補償の場合、労働基準法は平均賃金の1000日分を、基本的に一時金の形で支払うことを命じています。
このため、労災保険の遺族補償年金が、給付基礎日額(≒平均賃金)の1000日分を満たさずに終わったら、差額を他の遺族に支払わないとおかしいでしょう?
また、労働基準法は1000日分の一時金の形で支払うことを命じているのですから、年金を受ける遺族が、前払いでまとまった給付が必要なら、前払いで一時金を請求できないとおかしいでしょう?
また、前払一時金の意義がそうであれば、労働基準法は遺族を年齢で区別していませんから、労災保険の遺族補償年金が若年支給停止されていても、前払一時金は請求できないとおかしいでしょう?

前払一時金と差額一時金の規定は、実は労災保険法が独自に行うものではなく、労働基準法との関連で必要があって置かれているのです。
今回の徴収法上の請負事業の一括がそうであったのと同じく、本来であれば、労災保険法単独で暗記するよりも、労働基準法上の規定から導き出される「結果」として「理解」した方が覚えやすい部分です。

参考になった:6

poo_zzzzz 2020-04-29 11:21:29

返信ありがとう御座います。

確かに労働基準法に規定している業務災害における使用者の補償義務は休業補償の待機期間3日以外は労災保険でカバーされている
と言う事でほぼスルーしていました。

改めて労働基準法の条文を確認してみます。

御教授ありがとう御座います。

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kikushu  2020-04-29 15:14:20



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